終わる2018

おととい実家に帰ってきてすでに2キロ増えた。日頃の食生活の問題です

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年明けに更新したっきり今年もまるで更新しなかったな
以下、備忘メモ

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ヲの話です

現場は、対2017比でそこそこ落ち着いて30現場くらい。内遠征は4か5



内訳は8割方A.B.C-Zでしたが、範疇の事象すべてを抜け漏れなく、という思想の死が彼らに対しても訪れつつある

対象に関するある程度の具体的な情報が揃ったら毎度やってくる話ではあります
そっと棺を見送った後のほうがむしろ穏やかで、地に足ついてる感触を愛でつつ、必要な分の具象を追いかける生活になる
必要な分、というか欲しているのは、自身の心のうちに抽象化されたイメージを裏切られること、それから、イメージの暴走を意識的に食い止めること
大仰な言い方をすれば生活をしていくことの意味と、ドルのヲタであることに罪のほかの要素が私の中で無くなってしまうことの防止策として

ただし、A.B.C-Zは結成10周年を迎えてなお、まだまだ化ける方向性が豊かなので(定まっていないとルビを振る)、まだまだ落ち着けやしないはずですがのこの状況、悪い響きではなく、己のリソース配分の問題と、彼らの色の特徴とがあるような気がします(責任転嫁とルビを振る)

特徴について、作り込みがまだ複雑でなく、そもそも彼ら自身が概念的なので、という話はまた別途したい気持ち
これは"お弁当箱"的アルバムタイトルにも象徴されるのだけど、だからこそ彼らには嘘や媚びがなくて信頼に値する、という両の側面があり、というおはなしを下書きに突っ込んだ トゥービーコンティニュードです



2018年、KinKi Kidsのコンサートがない年とも読みます
1/1はまあそりゃあったのだけれど、2018年としてのそれがない、ことの正式なアナウンスが秋の深まった頃にあり、今日大晦日を迎えた

不安はあるけれど、彼らの心根の真っすぐであることへの疑いは微塵もなく、その真っすぐなあまりに互いを傷つけることを前もって避けようとした結果こじれて拗ねてパーンなる、みたいなのがこわい、まあ40だし分かりやすく出ては来ないのかもしれないけれど。いやそれもそれでやだな…

ヲタクがどうのこうの言うより周で先をいくふたりに伝えたいのは、ENDRECHERIもSHOCKも行ったけれど、私はやっぱりKinKi Kidsが紡いでいく歴史をこれからもずっとずっと見ていたいしそれと私の生活とが少しでも交わったらとっても嬉しいです、ということ
まあでもそれよりも、ふたりが幸せでありますように、かな


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異動した話です
ヲの時間が減った要素のひとつ

昨冬、ちょうど今頃が心情的に一番厳しくて、体調に覿面で電車通勤中なんの前触れもなく視界がホワイトアウトして立ち上がれなくなるアレの頻度がぐっと高まるなどした

1月の朝、
信じられるひとなど誰もいないし、楽しいこともひとつもないところでも、仕事なので向かわねばならない、具合が悪くなって遅刻してばかりではならないのです、頼む、頼む頼むはやく駅に着いてくれ、う、おや、あーこれはだめですねーーーなんでだーーーうわーーー
を繰り返して数日目、ひとりおひるを食べながらようやく、どうしてそこまでしてそんなところに向かわねばならないんだ…?と健全な思考に至り、このままダメになる前にまだできることがあるぞ、「ところ」をなんとかするぞ、
ということでまだ行動する気力は残っていたし、話が通じるはずと思えるひとがやや遠くにまだいたので、なんとかなった
いろんなひとに迷惑をかけたとおもうし、もちろん前の環境を生かしきれなかったのは私の問題もあるとおもうけれど、いま元気だから振り返れる話です。ありがとうございました、いろいろなひとたち(もちろん届きませんが気持ちのメモです)

異動先、みんなとってもあたたかくて心理的安全性というアレがとても高い。出社から退社まで一言も発しないなんてこと全く無くなったし、先輩に話しかけることや質問することへの躊躇いが一切ない。質問に質問で返されることもない。ちいさなことでもすっごい褒めてくれる。ありがてえ。最高の環境です

で、仕事、ちょっとたのしい。おうちでも仕事のこと考えたり整理したりする
っていうことで、しばらくは続けていくビジョンが見えたので一人暮らしを始めました
通勤時間はめちゃくちゃ短くなったのだけど、家事の時間がそこに充てられてるのでプラマイゼロかなというのと、通勤時間に考え事して頭の整理している面があったので意識的に時間を割かないとそれが全くできなくなっていてややよろしくない。改善点です


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実家を出た話、まだ4ヶ月ですが
25年生きてきてようやく脳みそを自分のものにできたようなところがある

きんきちゃん見ていてもそうだけれど、一緒にいると、そうしようと思ってするわけでもなく思考や行動が反発ドリヴンだったりその反動で妙に懐柔しようとするところがあったりとかして、それは人の間で生きていれば多少は当然なのだけど、家族のそれは密すぎるところがあるし、うちの性質的にも私の気質的にもダメっぽかった。この秋冬で肌がめっちゃ綺麗になりました


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そういった話たちがあって、
まあ総合して2018年も100点でした。来年も120点目指して80点取れたらオッケーくらいの気持ちで、生きていきつづけたいっす。人にやさしく、自分に甘く、できたらいいな

人、昔の自分とか含めて、を許すこと、やさしくなることと、自分、また別の昔の自分を含めて、を愛してあげること、の共生をそろそろ考えたい2019
2018までは前者を諦めていたのだけど、これ以上生きていくことに現実味を持たせるには方法を変える必要がありそうな気配がある年の暮れです

テキトーに程よく頑張りましょうわたし、そしていろいろなひとたち
世話するし世話になります。ありがとうございました(トイレの貼紙方式)

そして2018と21

あけてますね、おめでとうございます。
あけた瞬間は家族全員で京セラドームにいました。
こういちさん39歳おめでとうございます。

ということで、2017-18のKinKi Kidsカウントダウンコンサートに行ってきました。

SONGSを引きずっていた東京初日はそれはもう切なくて、
すこしの声の上振れ下振れにも、伏せられた瞳にも、大きく心が揺れて、
ソロコーナーでつよしくんが身体を使ってパフォーマンスをしたことさえ、
それしか隔絶されていないものはないもんな、などと思っていた。

大阪も相変わらず、私の感触としては、初めからそこが無理をする意味を持った場として確立されているのではなく、
そうなるように、これからそうしていけるように、という張り詰めた気持ちと胆力みたいなものを抱えて立っ…てはいなかったな、座っていて、
ただちょっぴり違っていたのは、こっちもあっちもガチガチの緊張みたいなものはきっと解けていて、
届いてくるものの鋭さはやわらいでいたように思う、
それは届くそのもの自体と受け取る側の硬さ両方の問題として。

つよしくんが、ファンの歌声やステージに立ってファンと対話することも治療の一つ、と(それはもちろん言い聞かせるようにではあるのだけれど)言ってくれたことが大きかったな。

その部分までは正直に言うと、本体のカウコンの重大発表って…?という不安を加速させるような匂いがあったし(それは嗅ぎ取る側の心情の問題でもあります もちろん)、
どうしても、こちらが足を運ぶから、こちらが見たいと願うから、こうした場が存在して、それはもしかしたら彼の耳の予後に影響するかもしれなくて、ということが頭から離れないままで見ているので。

その場に立つことのすべてを、彼らの選択であり彼らに全責任がある、あるいは記録があるから、などと言って開き直ることはどうしてもできなくて(それはファンとしての沽券にかかわるともおもっているので)、やっぱりつよしくんのそういう言葉で許された気になるのも甘えだなとおもったり、いいじゃんいいじゃんみんなでみんなに甘えていけばそれで、とおもったり、いろいろ。

結局は甘えることにして、めいっぱい楽しみました。
楽しめたのだから、それでよかったとおもっています。
本当にクリティカルに何かダメな部分があったら、楽しもうとおもって楽しめるものではないだろうから。

恒例の去り際のこういちさんの一言、「今後のKinKi Kidsにも期待を抱いていてください」という今回のことばにはついぞここまで、という感慨があった。
"期待"、ちょっと空気が違うぞと思った2016年元日の"声援が必要"から2年、変化が激しかったその間、
媒体側の人やスタッフさんたちに支えられていることに気づいた、と言った彼の言葉ときっと繋がっているような気がして、支える者として、(浜スタの合唱あたりで高得点を獲得しているはずの笑)こちら側も加えてもらえていたらいいななどと思いつつ、ほくほくしながら大阪を飛び立ちました。

元日の犬も食わない例の件も含め、今までと少し違った、ふんわりというわけではないけれど、柔軟でオープンな空気でしばらくは進んでいくのかな、と感じています。それは今、KinKi Kidsとして前に進んでいく芯のようなものがお互いに強いだろうからこそ。

しばらくはつよしくんもゆっくりできるのかな、今年の彼と彼とKinKi Kidsがどうなるのかはまだまだ分からないけれど、それが不安ではなくて楽しみな気持ちで居れています。
どうかどうか佳き1年となりますように。

(去年、平均して週1でどこかの現場にいた身で言うのは説得力も何もないのだけれど、私は基本的に現場というかパフォーマンスの上演それ自体には足を運ぶ意味というのは根源的には無くて、それが発生するのは儀式的な文脈に置いてのみだとおもっているタイプなので、そういった点からもこれからのふたりとその現場からは目が離せないなあとおもっています)

クリスタライズド

この3週間の話をする
正確に言うとこの6ヶ月間、もっと正確に言うとこの2年間の話

16日、今年のKinKi Kidsのコンサートの初日に参加した
参加した、という言い方が少なくともわたしにとって、正しい空間だった。それは、この6ヶ月、そして2年間での大きな変化として

虚飾を外して言ってしまえば、始まるまで不安しかなかった
もちろんどんなパフォーマンスになるのか、予後に影響しやしないだろうか、といった事たちもそうだし、加えて、彼の、そのままの、言葉や表情が、遠く遥か遠くに霞みがかってでしか見えなくなってしまったような気がしていた

14日のSONGSのインタビューで彼は、彼(とふぉゆと内くん)以外が横浜にいた7月の夜たちのことを、「見ている人がどうしたらたのしい気持ちになるかを考えていただけ」「自分がどうしていればいいか考えてやった精一杯だった」と振り返っていた

何年もの時を超えて4:3のフレームを覗いているみたいに、照れてしまうほどまっすぐだったあの夜のそれよりも、幾分飾られて額縁へ収められ、距離の遠い歌詞の響きが、目映く鋭い光となって、ハートを貫く

あの、物理を超えた近さですべてが溶け合っているみたいだった夜の、彼にとってのほんとうが、こんなにもかなしくてせつなくて、隔絶された結晶みたいな時間だったということ
振る舞いのかわいらしさはそれを表立たせないように慎重に組み立てられた紗のようなものだったこと

異なる旋律の部分にしても、響きという外形が揃っても、問いを投げかける人とまっすぐに進んでいくように見える人とが混じり溶け合うことはないということを突き放すような強さで提示してくる

それらを構造としても内容としても、アレゴリーのように形にしたようだった、突発ラブからTopaz Loveへと昇華されたあの歌は

そして2日後、東京ドームへ向かう足取りは重く
その場に在りながらも空間から隔絶するヘッドホンとそれでもその境界を乗り越え侵入していくであろう波長とが持つ、裏腹な意味をおもっては、それでもそこに立つということを「彼が」決めたのだ!素晴らしいことだ!と己を納得させるのも、現実は置き去りの単なる正当化の道具のようで、言語化できないなにかの塊のまま席へなだれこんだ

上へ下へかすかにゆれてただよう歌声、例のフレーム越しのように土台の堅い歌声
前を向きつづける足と瞳、さえずる睫毛の儚さ

ひとり、ステージに佇む彼が語り出す
穏やかに、零すように、浮かべるように

嘘を言ってもしかたがないので、無理は、してますよ もちろん
でも 無理をするだけの、意味のある場所って、ありますよね 人生には
そういう場所は 僕は 無理をしてでも立とうとおもっています

そして続く話は耳の予後の不確定さについてで、
そこも含めて、この言葉たちは、fixされた、既にそうであるものではなく、言い聞かせるように決意していく流れの只中にあるものに感じられた

霞、心をざわめかせていたあの霞は、晴れ切ってはいなかったとおもう
けれどそれは纏おうとする紗ではなく、不確定性の中を歩む彼をそのままに示す光景としての、だった

そうでないような涼しげな目元のままで、こちらのことなんて透けるようにわかっているその人は、極めてナチュラルに、けれど意図がそれとなくわかる程度には珍しく少しぎこちなく、こちらの張り詰めた空気と口角と目尻をゆるませてくれた


あの日直接聴くことの叶わなかった彼に、ファンの歌声をもう一度届けようとしたり
全部だきしめてをファンの手拍子からはじめさせてくれたり

2年前に感じたあの、彼らという光の向かおうとするベクトルの実体化のための価値を付与されたようで
そしてきっとそれが場所の「意味」をつくるような感触があって(あるいは見たい者、欲望を持つ者、安静を続けさせてあげられない者、の「責任」とも言うのかもしれない)、
横隔膜に、手のひらに、躊躇いながらもありったけの力を込めて、
ここにいるよ、あなたの、あなたたちの、どんな未来も見させてほしいわたしが、ここにいるよ、と音を鳴らした

いま、この日のことを手放しで良かった、と言うことはわたしにはできなくて、できるのは、ただ迷いながら戸惑いながら進んでゆく彼の言う「無理をする意味のある場所」をほんとうにそうであるものにすることくらい

「意味」、あるいは、everything happens for a 「reason」、のことを言えば、あの空間は、治る治らないどちらに倒れたとしても、いつかこの日のことを良かった、と言える未来をともにつくっていけたらいい、そうさせてほしい、という願いと祈りの場だったようにおもう

どこかに届くといい、ではない、神頼みなんかじゃない

ぼくらがそうするのだと、肚をくくるための、180分



宝石となった、なるしかなかった、あの夜のほんとうは、鈍くもひときわ鋭く光を放ちながら、心の海の底でいろいろな瞬間の結晶たちと共にきらめきつづけて、そうして今日もただただ時間は止まらず進んでゆく
まだ見えない先と共に、そして、今まで、先が見えていたことなんてきっとほんとうはなかったのだと知りはじめながら

ジャニーズというパフォーマンスにおけるコンサートの価値(あるいは私のジャニーズ観)

2016年7月にあげた記事の再掲(卒論提出前だったので念のため一旦下げていた)

元々のレポート自体はもっと遡って2015年12月のもの、2年前だって、わたしはどれくらい変わったかな、A.B.C-Zにめちゃくちゃハマっていることについてはそのうち書きたいと思っているけれど

書いて考えて書いてを繰り返してちゃんと日々を紡ぎたいという気持ちの記録です

 

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生存報告

単なるメモ、わたしの日記が甘ったれでしみったれているのは通常営業、わたしは元気です

11月、春からの現場続きも10月のABC座を終えて落ち着き(まあ今月も嵐コンで札幌へ遠征予定はある)、心も体も隙だらけになった結果風邪をひいたりして、昔すきだった本を読み返すような午後を過ごす

木曜日、案件チームにおける傀儡メール送信マシンと化して交渉メールを送り続け、こちらとあちら、この時とあの時、で全て異なる見解に引き裂かれながら矢面に立たされ見事に五馬分屍からの晒し首。八つ当たった同期に宥めすかされながら自分の骨は自分で拾って帰宅
金曜日、体が出社拒否を起こしたのか鼻づまりがすごい(ただの風邪です)。仕事で泣くような人間になりたくはない、けれど、不条理に否定されると生理的に涙が出て、社会人なんて会社なんてそんなものだから仕方ないよいつかは慣れるよという言葉にも救われず、いま無駄に泣かされてまでしたい仕事か?このさき心の機微を擦り減らしてまで己を慣れさせたい環境か?と問うたところでようやく目が乾いたと同時に感情を失った。飲み会には出席するだけしたけれどやっぱり虚しくなってしまって、わたしには合わなかった
土曜日、散らかりつづけた部屋を掻き分けて埋もれていた本を抱き上げ読み出したらようやく生きている感触がしてきて、これまでずうっとずーっと大事にしていたささやかで平凡で穏やかなわたしにとっての幸福の手触りのようなものが彼方へ消えてしまっていることと喉の痛みに気づいたのでひたすらに部屋を片付ける。寝て起きて仕事へ行って帰ってきてまた寝るというひとつの世界しかなかった部屋の中にたくさんの世界の扉がきらきらとひかりだして素敵だった。風邪の熱に浮かされて見た幻だとしてもそれでいい

シンプルに頑張れることってなんだろうなあということを思ったりする
複雑怪奇な打算の答えとして選択したものが今のわたしだけれど、露悪的な言動に晒されたり体調を崩したりする中では常に冷静に計算していられるわけもなく、そんなときに悪態をついたり斜に構えたりすることで己を守る大人にはなりたくなかったはずで、現場もなければ堅実な未来を描かなきゃならない制約もない季節にはどうにも逆算の始め方も見つからない
とすれば、単純にすきだから、とか、(あるいは辛くないからとかお金がものすごくもらえるからとか守りたい人や生活があるからとかそういう消極的なものだって十分に立派な理由だろう)、無い胸張ってまっすぐに前を見据えるその視線を支えるシンプルな理由を見つけられれば一番良いはずでそれがわたしにはとても難しい

もう少し時間はかかりそう、だし、たぶん月曜日に足が向かう先は同じだけれど、いつか背筋を伸ばして前を見たい気持ちがあればそこはもう新しい世界だと信じたい。なげーな。わたしは元気です

逆鱗/SHOCK/TU FUNK/乱鶯

mitamono_2016spring



▼20160220_NODA・MAP『逆鱗』

お目当ては真央ちゃん。久しぶりの舞台ということで。
前回は同じくNODA・MAPの『MIWA』を観劇。
その時と似たような顔ぶれなのもなかなか面白かった。

前情報を一切入れずに観たのもあって、筋の色味に驚く。
煌めく水面のようなファンタジーと、モノクロの歴史と。
それが合わさることで、ある種のリアリティのようなものに迫られる。
読後感 じゃない 観後感? はずっしり、どっしり。

何が怖いって、満島真之介演ずる役の、底の見えないまでに透き通った単細胞生物のような・葛藤もスルーできてしまう信仰心のごときハートの強さが。不気味で。

真央ちゃんは、前回よりも随分としなやかに、ラウンドな振舞いになっていてよかった。
その分だけこちらもまた役の不気味さが際立って。

流れるようにそして時折引っ掻かれるようにめくるめく言葉たちの、その傷跡をじっと眺めては窓の外を生きて行く日々です。


▼20160224_TU FUNK

5年ぶりのおつよ氏ライヴ現場。
運よく一般で取れたもので後ろから2列目とかだったのだけれど、箱自体がアットホームサイズなので隅々まで熱量も行き渡っていてアツかった!
展開を欠いた堂々巡りのしんどめのターンももう全然なくて、もっと歌ってくれとも思うこともなく、ただそこに生きている音と命に共振するままに身体が揺れる2時間。
でもやっぱり走馬灯のようにそこへ行き着くまでの歴史が言葉をもたずに駆け巡っては鼻がツンとして。
だいすきだなあ、うれしいなあ、ってしみじみとしたり。
しなやかなつよさをくれて、いつもいつもありがとう、の気持ちを込めていつまでも拍手をしていたいようなライブだった。



▼20160307_Endless SHOCK

きんきファンになりそこそこ時間が経っての、初おショック。
どうしても、受けつけられない期間が長かったもので、だいぶ構えて帝劇に乗り込みました。
しかし、いやあ、すごかった。感想を一言にまとめれば「物理で殴るとはこのことか」。
豪華絢爛な装置、機構、フライング、殺陣、ダンス…
これを毎年、数ヶ月に渡って上演し続ける「カンパニー」の鬼の体力に圧倒されつつ、興行として、そしてある種の機関として持つ役割を思ったり。
座長としてその中心に在る彼の、背負うものの重さは推して余りあるのに、まるでそれを感じさせない軽やかさで舞う姿はたくましく、ひたすらに美しかった。
すごかったな。チープで安易な感情移入なんて撥ね付けるくらいの、コウイチ/堂本光一がそこにいた。そして今年も多分そこにいるのだろうな。これは蛇足です。
行って本当に良かった。行かなかったのが勿体無いとかそういう話ではなく。それを受け入れられる体質に変わっていたのが分かったのが大きな収穫というか。このおかげで随分と楽しめるものが増えて2016年は楽しい年になったのが良かった。


▼20160316_乱鶯
新橋演舞場にて。平日マチネ。
古田さん格好良かったなあ。
ビターな結末だけれど、店を辞めずに続けている姿が描かれることで後味も整うというか、足が劇場を出て歩くのを助けるというか。
しかし3Fは没入感を削ぐくらいに見切れがすごくてうーむという感じでした。
にもかかわらず寝盗られさんでも3Fに行ってしまったわけだけれど…

花降る10日に

前略 堂本剛

37歳のお誕生日、おめでとうございます(ました)。
あなたの瞳と、その見つめる先が、いつも、光と愛で満ちていますように。

早々


P.S. いろんなお知らせ、待ってます、が、くれぐれも健康第一で…